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「無差別殺傷事件」 ひと昔前なら、「通り魔事件」と言ったのだろうが、今では「無差別殺傷事件」と呼ばれる事件が頻繁に起こるようになりました。最悪の偶然、その場所にいて、被害に合われた方、そのご家族などには心よりお見舞い申し上げます。それにしても、容疑者(犯人)はいったいどういう理由でこういう事件を起こすんだろう。その個々の動機についてはこれからの詳細な調査、研究を待たなければいけないだろうけど、メディアから漏れ伝え聞くところによると、非常に自己中心的で弱い自我が根本にあるんじゃないかと思います。俺などは、温帯から亜熱帯の気候に変化している日本の環境も関係しているようにも思えます。 もちろん、日本社会の雇用体系の変化、家族との関係や周囲とのコミニュケーション方法の変化などなど、さまざまな要因が考えられるけど、さらにはよく言われることだけど、それらによって巻き起こる「希望の喪失」、つまりは閉塞感や絶望が直接的な原因なのかもしれません。 自殺者が年間3万人を超える日本で、まるで自殺するかのように他者を殺傷してしまう。イライラして自暴自棄になって、他者を巻き込んで自らの命や人生を終わりにしようとする。まさに、原理主義やイデオロギーが背景にない「自爆テロ」だと思います。 でもね、俺は、手前味噌になるけど、絶対に「武器より楽器を持とう!」だと思うんです。「誰でもいい誰か」を殺そうと刃物を買いに行くより、誰かを傷つけようと刃物や銃を手にするより、何でもいいから楽器を手にしてほしい。ギターでもドラムでも、ハーモニカでもカスタネットでもいい、楽器を持って、楽器を演奏すれば、いずれ仲間ができます、心の片隅に必ず希望が生まれてきます。「将来に希望がない」とうつろに言う若者、いや若者だけじゃなく、中年も老人も疲弊した顔でそう言うけれども、「希望は与えられるものではなく、希望は作り出すもの」だと思います。その希望を作り出す道具として楽器はとっても有効で、楽器によって生まれてくるメロディやリズム、ハーモニーは、自己の存在そのものになります。つまりはそれこそが「エラン・ビタール(生命の躍動)」です。下手くそでも音楽は音楽です。音楽は楽しい!それだけです。 ゆっくりでもいいし、寄り道をしてもいい、時々はつまづいてもいい、ぜひ自分の人生を自分のペースで歩いてほしい。自分の人生には意味があるんです。この場合の「人生の意味」は相対的価値ではなく、絶対的価値なんです。勝ち組みも負け組みもない、自分だけの音楽のような人生を作り出してほしい。 今年で第3回目となる「武器より楽器を持とう!」のDJイベントは、9月20日(土)、三軒茶屋のFlower 2号店で開催します。多くの方が参加してくれると嬉しいです。どうか宜しくお願いします。まぁ、三茶のDJたちが提供する音楽を聞きながら酒を飲んで踊ったりするだけなんだけどね。近くなってきたら、詳細などはこのブログに掲載しますね。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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まったく、怖いです。 |
パオクン 2008/07/31 01:23 |
↓パオクン |
Katsura 2008/08/03 23:43 |
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