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「リンスの時間」 今でさえシャンプーの後のリンスは当たり前だけれど、いったいいつ頃から家庭でリンスを普通にするようになったのでしょうか。俺は現在49歳だけど、小学校低学年の頃にリンスをしていただろうか。インターネットでリンスの歴史などを調べれば、たぶん、日本におけるリンス登場の年が詳細に分かるかもしれないけど、今回の主旨とは少し異なるので、これを追及することはやめておきます。 俺が問題とするのはタイトルどおり「リンスの時間」なんです。どうでもいいような話なんだけど(笑)、お風呂かシャワーの際、髪を洗うなら、たいていはシャンプーをして、その後にリンスをするでしょう。俺の場合、リンスを髪全体につけた後、リンスが髪についた状態で身体を洗ったり、洗顔したり歯を磨いたりします。なぜなら、時間をおけばそれだけリンスの成分が毛髪に染み込んでいくような気がするんです。でもこれにはいつも迷います。男子49歳、あまりに情けなくて愚にもつかない悩みだけれど、いったいどの程度、リンスの時間をおけばいいものか……。 美容院などで洗髪してもらう時は、シャンプーを入念にされた後は、リンスは髪全体にさっさっとつけて、そしてあっという間に流されてしまいます。美容師さんは当然プロフェッショナルなので、やはりこの方法に従うべきなのか? でも家庭で使っているリンスの場合は違うのか? 美容師さんに聞いたこともないので、このリンスの時間は分からないままです。 何年も前、当時付き合っていた彼女に髪を洗ってもらったことがあります。俺が指を少し怪我していた時かなにかで、彼女はかえってそのことを楽しんでいるふうで、威勢良くやる気満々でシャンプーをしてくれました。ゴシゴシとシャンプーが終わった後、彼女は当たり前にリンスを自分の両手につけ、その柔らかい手で優しく俺の髪に馴染ませてくれました。俺は、その時間、浴室の温もりとシャンプーやリンスの匂いに包まれて、そして彼女の愛情を感じて夢見心地のような気分を味わっていました。ところがです。リンスを軽く髪の毛に馴染ませたと思ったら、その直後、間髪を容れず彼女はその返す手でシャワーを持ち、俺の髪についたリンスをサーッと洗い流しました。これは美容院での方法なのでしょう。しかし、その時に俺が思ったのは、ちょっと大袈裟ですが、なんだか心まで一気に流されてしまったような、そんな気分でした。 でも、俺にしてもそれが当たり前というように振る舞い、そのことについて何も触れず、愉快なシャンプーのひと時は何事もなく終わりました。当然のような顔で俺が何も言わなかったのは、底意では自分が古臭い人間に思えましたし、前時代的でもあり、黙したのは、たぶんそんな自分をカッコ悪いと感じ、そしてさらには、男の俺として、そんな塵芥のような、取るに足らないことをわずかでも気にしてしまったという内実を恥じ入ったからだと思います。 太宰治の短編小説「水仙」に次のような箇所があります。 「ひとつ、奥さん、」と僕は図に乗って、夫人へ盃をさした。「いかがです。」 「いただきません。」夫人は冷く答えた。それが、なんとも言えず、骨のずいに徹するくらいの冷厳な語調であった。底知れぬ軽蔑感が、そのたった一語に、こめられて在った。僕は、まいった。酔いもさめた。けれども苦笑して、 「あ、失礼。つい酔いすぎて。」と軽く言ってその場をごまかしたが、腸が煮えくりかえった。さらに一つ。僕は、もうそれ以上お酒を飲む気もせず、ごはんを食べる事にした。蜆汁(しじみじる)がおいしかった。せっせと貝の肉を箸(はし)でほじくり出して食べていたら、 「あら、」夫人は小さい驚きの声を挙げた。「そんなもの食べて、なんともありません?」無心な質問である。 思わず箸とおわんを取り落しそうだった。この貝は、食べるものではなかったのだ。蜆汁は、ただその汁だけを飲むものらしい。貝は、ダシだ。貧しい者にとっては、この貝の肉だってなかなかおいしいものだが、上流の人たちは、この肉を、たいへん汚いものとして捨てるのだ。なるほど、蜆の肉は、お臍(へそ)みたいで醜悪だ。僕は、何も返事が出来なかった。無心な驚きの声であっただけに、手痛かった。ことさらに上品ぶって、そんな質問をするのなら、僕にも応答の仕様がある。けれども、その声は、全く本心からの純粋な驚きの声なのだから、僕は、まいった。なりあがり者の「流行作家」は、箸とおわんを持ったまま、うなだれて、何も言えない。涙が沸(わ)いて出た。あんな手ひどい恥辱を受けた事がなかった。それっきり僕は、草田の家へは行かない。草田の家だけでなく、その後は、他のお金持の家にも、なるべく行かない事にした。そうして僕は、意地になって、貧乏の薄汚い生活を続けた。 太宰治「水仙」より 彼女にリンスを洗い流されている時、前かがみで頭を垂れ、シャワーを浴びている頭で思い浮かべたのが「水仙」のこの部分でした。せっかくつけたリンスをすぐに流してしまうことをもったいないと感じる自分が、この小説の「僕」に重なり、リンスをつけた後、少しでも時間をおいてしまう自分が貧乏臭いようにも思えたのです。また、その時には考えませんでしたが、彼女はあの時、この奥さんと同じ無心だったのか、今となってはどちらでもいいことなのですが、リンスをする時にそんなことをふと思うことがあります。そして俺はリンスの時間をいつも躊躇します。俺はまだ当分、無心にはなれないようです。 リンスの時間、いったいどうしていますか? |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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こんにちは。 |
daza 2008/08/08 13:28 |
初めまして♪ |
rumi☆ 2008/08/08 21:43 |
まったく、僕もKatsuraさんと同じ感覚です。 |
パオクン 2008/08/08 22:39 |
髪がだいぶ伸びて毛先が痛んできたので、 |
ちえ 2008/08/08 23:23 |
こんにちは。 |
麻利子 2008/08/09 14:45 |
↓dazaさん |
Katsura 2008/08/09 23:54 |
↓rumiさん |
Katsura 2008/08/10 00:01 |
↓パオクン |
Katsura 2008/08/10 00:05 |
↓ちえちゃん |
Katsura 2008/08/10 00:08 |
↓麻利子ちゃん |
Katsura 2008/08/10 00:12 |
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